東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)101号 判決 1970年5月25日
東京都中野区中野二丁目四番六号
原告
有働一夫
右訴訟代理人弁護士
萩原平
破入信夫
大山英雄
浜崎浩一
右訴訟復代理人弁護士
今井健子
東京都中野区中野四丁目九番一五号
被告
中野税務署長 神山貞一
右指定代理人
小川英長
日野照夫
石塚重夫
酉園隆俊
大塚守男
右当事者間の所得税課税処分取消等請求事件において、被告より本案前の抗弁が提出されたので、当裁判所は、この点につき、次のとおり中間判決をする。
主文
本件訴えは不服申立て前置の要件において欠けるところはない。
事実
被告指定代理人は、「本件訴えを却下する。」との判決を求め、その事由として、所得税等の賦課決定の取消しを求める訴えは、異議の決定及び審査の裁決を経た後でなければ提起することができない(国税通則法八七条、七六条、七九条参照)ところ、原告は、昭和四二年三月一三日付でなされた昭和三六年分及び昭和三七年分の所得税等の賦課決定に対し昭和四二年四月一四日異議の申立てをしたが、同年五月二七日右昭和三六年分の異議申立てを、また、昭和四三年六月一日右昭和三七年分の異議申立てをそれぞれ取り下げたのであるから、右各年分の所得税等の賦課決定の取消しを求める本件訴えは、不服申立前置の要件を欠く不適法なものというべきである、と述べ、証拠として、乙第一・第二号証を提出し、証人諏佐市之亟の証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。
原告訴訟代理人は、被告の右主張事実中、異議申立取下げの事実は否認し、その余の事実は認める、と述べ、前記各異議申立てについては今日にいたるまで決定がなされていないので、本件訴えは、不服申立前置の要件において欠けるところはない、と付陳し、証拠として、甲第一ないし第四号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を否認した。
当裁判所は、本件訴えか不服申立前置の要件において欠けるところがないかどうかの点に弁論を制限し、審理を遂げた。
理由
原告が昭和三六年分及び昭和三七年分の所得税等の各賦課決定に対し、昭和四二年四月一四日異議の申立てをしたことは、当事者間に争いがなく、被告の提出援用に係る乙第一、第二号証に徴すると、右異議申立てのうち、昭和三六年分については、昭和四二年五月二七日付で原告から被告に宛てた取下書が、また、昭和三七年分については、昭和四三年六月一日付で原告の税務代理人諏佐市之亟から被告に宛てた取下書がそれぞれ提出されているか、証人諏佐市之亟の証言及び原告本人尋問の結果によれば、右書面の提出は、いずれも、さきに原告から異議申立てにつき代理権を授与されていた税理士諏佐市之亟によつてなされたものであることを認めるのに十分である。
ところで、代理人による所得税等の賦課決定に対する異議申立ての取下げは、特別の委任があり、かつ、その旨を書面で証明した場合に限り認められる(国税通則法七五条、行政不服審査法一二条二項但書一三条参照)ところ、前掲証人諏佐市之亟は、原告から異議申立ての委任を受ける際、その取下げをも含む一切の行為をなしうる代理権を授与されたように供述するが、該供述は、原告本人尋問の結果と対比すると、たやすく措信しがたく、かえつて、原告本人甚問の結果によれば、原告は、右諏佐に対して異議申立ての取下げに関する特別の委任をしたことはなく、前記各取下げ書は、異議申立てについて代理権を授与されていた右諏佐が、原告に無断で作成してこれを被告に提出したものであると認めるのが相当であり、該認定の妨げとなる証拠はない。そればかりでなく、本件に現われたいかなる資料によつても、右諏佐が原告から異議申立ての取下げにつき特別の委任を受けた旨を証明する書面が被告に提出されていた事実を認めることはできない。
されば、被告の本案前の抗弁は理由がなく、前記取下書は、いずれも、その効力を生ずるに由なく、原告の異議申立ては、依然として、係属しているものと認めるべきであるから、右申立ての日から六か月以上を経過した昭和四四年五月二八日提起されたこと記録上明らかな本件訴えは、国税通則法八〇条一項一号及び行訴法八条二項一号の規定により、不服申立て前置の要件に欠けるところはないものといわなければならない。よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 園部逸夫 裁判官 渡辺昭)